独占販売の時代は終了!~輸入自動車私的今昔物語 Vol 24独占販売の時代は終了!~輸入自動車私的今昔物語 Vol 24

コラム

独占販売の時代は終了!~輸入自動車私的今昔物語 Vol 24

2014.05.23

藤堂 誠 たぶん 一生クルマ屋です

自動車業界を担当する人材コンサルタントです。
私の履歴書・・・の様なもの。 輸入車業界の歴史の一端を語ります。

1953年の取扱い開始から35年間メルセデス・ベンツの正規販売店として日本市場を独占してきたヤナセネットワーク。
メルセデス・ベンツ日本(MBJ)の営業開始以来新販売チャネルの構築を急いでいましたが、翌年、1988年には非ヤナセの正規販売店がスタートを切ります。
いよいよMBJが喉から手が出る程欲しかった非ヤナセの販売ルートの誕生です。

ヤナセ系のメルセデス・ベンツ販売店は当時150店ほど。
その内の約半数がヤナセの直営店舗。
残りの約半数がヤナセ資本の関係会社。(元々別法人だったものを買収、合併してグループ内に組み入れた会社が殆どです。)
そして最後の25%程が特約販売店(ヤナセ資本の入らない独立会社)。

その全てがヤナセ本社のコントロール下にありました。
すべての店舗が本社の意向に沿ったカタチで運営されています。

MBJは各販売拠点に直接アプローチして彼らの営業政策を浸透させたいと望んでいましたが、ヤナセ本社はそれを拒否。ヤナセ本社を通さなければ何も出来ません。
(そこを担当していたのが私の所属していたメルセデス・ベンツ事業部)

この事は輸入権移管時の契約にもヤナセはディストリビューターとして販売店ネットワークを統括する旨明記してありますからどうしようもありません。

ましてや、当時のヤナセ店舗は殆どが併売店(つまり複数ブランドを取り扱う店舗)。
極端な例ですが、MBJがメルセデス・ベンツの販促策を提示しても、ヤナセ本社が(当時取り扱っていた)フォルクス・ワーゲンの強化策を打ち出していれば、販売店はそれに従う。
MBJは大変悔しい思いをする事になります。

この後MBJは何年も掛けて契約内容を変更すべく働きかけますが、ヤナセはその都度拒否。
両社間の積年の課題として繰り返し繰り返し議論のテーブルに上がる事となります。

MBJが最初に目をつけたのが、25%のシェアを持つ特約販売店グループ。

ヤナセ資本の会社は後回しとし、先ずは独立系の販売会社ならヤナセ本社の影響力を削ぐ事は比較的容易だろうと判断します。それは正解!
ただ、特約販売店もメルセデス・ベンツ以外の商品を取り扱っている為簡単にはいきません。
しかも地方の販売会社にとって、ヤナセ取扱商品のなかで当時は必ずしもメルセデス・ベンツが最重要商品でなかったのも進まなかった理由の一つ。

しかしながら、一方で、MBJについた方が今後有利ではないか、と動揺した会社も数社。

そこでヤナセは考えます。特約販売店さんのヤナセに対するロイヤリティを更に高めなければなりません。

今迄、ヤナセ資本が入っていない会社に「ヤナセ」の商号は許可していませんでしたが、一転、これを許可します。いえ、寧ろ推進します。

やはり輸入自動車販売会社にとって商号に全国的知名度のある「ヤナセ」を使えるのは魅力的。

従来は ○○自動車販売(株) だった会社が ▲▲ヤナセ(株) と看板を掛け替えます。(▲▲にはその地域を表す言葉が入ります)

一部を除く、殆どの特約販売店が社名を変更しました。
その結果、1988年、ヤナセの名を冠した販売店が全国に約30社も増えました!

そんな動きと時を同じゅうして、冒頭に述べたメルセデス・ベンツの新販売チャネルの第一号店「シュテルン中央」さんが立ち上がります。

MBJ自らが直接影響力を及ぼせる自前の販売チャネルの誕生。
ヤナセのとってみれば全国独占販売状態が崩れた屈辱的な瞬間。

これからもMBJはシュテルン店を増やしたい。ヤナセは阻止したい。
なかなか両社は仲良くできませんなぁ。